邦楽ジョッキーからリニューアルした尾上右近さんのラジオ番組「KABUKI TUNE」に
玉さまが電話にてご出演!!!
ところが本放送を忘れて再放送を録音したものの、
まさかのうっかり消すという!!
他に録音してた方に協力していただき、無事に聴くことができました💦
ワンコーナーに少し出られてお話されるのかなぁと思っていたら、ご出演されてない時(の話題)もほぼまるごと玉さまづくし!!
というわけで、残したいところを書き起こそうと思ったらシリーズになりました(笑)
玉さま→玉 右近さん→右
右 本日は私の尊敬しております、大先輩であり、
邦楽ジョッキーから続くこの番組の初代パーソナリティーでもいらっしゃる、
坂東玉三郎のお兄さんにお電話を繋いでお話を伺います。ド緊張でございます。
鼓動が大変なことに、なっておりますけれども、
本当に久々にお話させていただきますし、
たくさん為になるお話を伺えるのが、今からとても楽しみでございます。
皆さまもぜひ、お楽しみに。
<ここで玉置浩二さんの「田園」の曲がかかります。右近さんも玉置浩二さんが大好きで、玉さまと玉置浩二さんの交流、共演もご存知の上で選曲してくださったそう>
アントキノカブキ「高野聖」
過去の歌舞伎にフォーカスするコーナー。
2008年7月歌舞伎座で上演されたこの作品。
玉さまは『女』で出演。
右近さんはその夫『次郎』役。
障害を抱えた役どころで子供のような存在でもある、不思議な役だったそう。
当時16歳くらいだった右近さんは歌舞伎の古典以外のこういう役は初めてで、
型のない役をどういう風にしたらいいのか、
玉さまはじめ皆さんに指導していただいたとのこと。
この役が決まる前、玉さまから「木曽節を歌った音源を送ってちょうだい」とのお話があったので、
何だろうと思いながら木曽節を勉強し吹き込んだものを聴いてもらったところ、
実はこの作品を上演しようと思っているので、この役をやってみないか、との提案があったと。
実際に舞台上でもアカペラで歌う場面があり、清元であり役者でもある身として、
舞台で歌うことは当時夢にも思っていなかったのでとても新鮮な気持ちでつとめた役だったそう。
旦那に見えるように、ということが当時の右近さんには難しかったが、
玉さまから「ここに(多分女と旦那の間に)通う愛情がお客様に伝われば成功」
と言われてがむしゃらにつとめ、また、玉さまに
「あなたは歌舞伎の、邦楽の家に生まれて、うた、語りを勉強してるってことも、
これで皆にわかってもらえるし良かったね」と言っていただいたことが嬉しかった、とのことでした。
玉さまご登場!!
右近さんが、「この度はよくぞお受けくださいまして」と本当に恐縮されてて、
玉さまは「とんでもない」という感じで進んでいきました。
右 まずご無沙汰してしまって申し訳ございません。
玉 お互いさまに
右 いえ、もうご挨拶にも伺ってなくて
玉 いえ、どういたしまして
という会話が続くんです(笑)お互いに本当に丁寧で。
右 まず僕がいつからお兄さんにお世話になってるか、ってお話を
玉 ハッハッハッ!
右 させていただきたいんですけど
玉 はい(笑)
玉さまの笑いの理由は恐らくこの後の話につながることかと。
玉さまの、豪快なのにとても品のある笑い方が好き(笑)
右近さんの初舞台「舞鶴雪月花」で初めて玉さまにご挨拶させていただいた、とのこと。
玉さまはもちろん覚えてらして、最初からずっとお世話になりっぱなしという右近さんに対して
玉 歌舞伎の俳優さん達、皆ご子息達はほとんど初舞台の時からお目にかかっているからね(笑)いつからって言えないね
右 本当にいつからっていうのも不自然な感じにかえってなってしまうんですけど
右 海老蔵のお兄さんと連獅子させていただいて、それが玉三郎のお兄さんの舞踊公演だった
玉 はい
右 それがやっぱり初めてご指導いただいたという、記憶で。一番、古い記憶で
玉 そうですね
右 一番大事にしている記憶でもあるんですけど
玉 ありがとう(笑)
右 その節は有難うございました
ここにつながるんでしょうかね、先程の笑いは(笑)
皆さんの小さいときから関わってらっしゃる玉さまならではのお話。
右近さんが「一番大事にしている記憶」と仰ってるのが、凄くいいなぁと思って。ただ「覚えている」のでなく、自分が大切にしている、というのが。
右近さんが想いと一致する言葉を丁寧に伝えてらして、その想いが玉さまに確実に届いているなぁ、ということを玉さまのお返事からも感じます。
八月から再開する歌舞伎座について
右 お兄さんはそれ(再開する歌舞伎座のニュース)を受けられてどんなお気持ちでらっしゃいますか
玉 無事に初日があいて、みなさん、健康で、お客様も楽しんで千穐楽までいければな、とそれが思いですね、やっぱり。(略)それからまだ安定してない時期なのでそのことばかり考えますね。そして舞台に立つ人もそうですけども、お客様がね、やっぱりご無事に楽しんで行かれるってことが一番大事だと思うんです
歌舞伎が上演されない時間の過ごし方
右 (上演なしの期間が長く続いた中で)僕は凄く、先輩方がどのようにお過ごしになってるのかな
っていうことも心にはあって、お兄さん、どうお過ごしなんだろうな、っていうところから
玉 (笑)
右 このラジオのお話も繋がったというか、そこでお話させていただけたらということになったんですけど
玉 はい
右 どんな風に過ごしてらっしゃいました?
玉 まずね、仕事というか舞台がないということに関してね、動けなくなっちゃうんじゃないかって、一番それが心配だったね。ですから(笑)うちで踊っていた、本当に狭いところ見つけて、何か曲を選んで今日はこれ、今日はこれ、って選んで踊っていた、
それから、夜、人が居なくなってから、散歩してました、散歩っていうか、歩いてましたね。
とりあえずね、私たち舞台に立っていて踊ったりして、身体動かしてやってきた人間たちだと思うんですね。
だから動けなくなっちゃうんじゃないかって恐怖感が一番。
それからね、後半になってからはね、目的というか、目標が見えないということの精神的な不安定さっていうのが一番苦しかった。
例えば一年先でも何か、これをやるっていうのが決まればね、今日は暮らせるけど、
いつかわからない、あるいは突然踊らなきゃいけなくなった時にどうやって踊るんだろう、とか
どうやって芝居するんだろう、それが意外と不安だった。
今までって僕たちはやっぱりね、芝居の出しもの決めて、それで予定が決まってれば自動的に進んで行ったじゃない。
で、やっぱり僕たちの仕事って、意外とね、外から予定が決まっていくことがわかってね(笑)
何もしないでいると、自分で何をしたらいいかわからない、っていう人生になるっていうことが、わかった(笑)
例えば仕事してる最中にお休みがあれば、今日は休もうという目的があるんだけども、
ずーっと休んでるっていうと、これが果たして休みなのかな?って、
それでやっぱり休んでいて、休養も取れていて、食事もできていて、いるのに、体調が悪くなっちゃう。
精神的なものなのかなあと思うんですけどね
右 僕らでもとても無力感というか、目的がないっていうところに凄く引っかかったのと、
凄く自分たちが呼ばれる、必要とされるってことが重要だっていうのを、僕なんかも再認識したつもりだったんですけど、お兄さんでも、そういう風にお感じになるんだなってことがとっても驚きで
玉 うん
右 たくさんのことなさってきたじゃないですか、ご自身による発信という点においても
玉 やっぱり年齢的なこともあって、これから先どの位、どのような舞台なり、作品と関われるだろうと思ってる時期に来たのでなお、終わり感が強かったのね(笑)
右 えー(絶句、といった反応)
玉 いろんなことを発信してらしたって言ってくれるけどもね、何か仕事と仕事、色んな事がある中で、
それの中でこの間だからこれを表現したいってことがあると思うのね。
その間、前後がないから真ん中で何表現していいかわからない。
皆もすごく急がれて、動画配信とか皆さんなさってて、偉かったと思うんだけども、
僕はそれやっていいのかどうかっていうこともね、にわかに気がつかない。
また、そういうものに慣れてらっしゃる方は、即、配信なさったけど、
僕たちそういうことじゃなくて生きてきてるので、配信する頃には時期がずれちゃってる、みたいなね(笑)
だからどうやってやろうかな、あまりメッセージ性が強くてもいけないし、そういうこと考えましたね
右 はい
玉 だから逆に、解除されてから、何か開放的な、何かこう、見て、あ、いいな、癒されるというか
そのメッセージ性があるとかなんとかじゃなくて、何か希望みたいなこと、
希望ってのはその、こう、絵が、ひらけてる絵っていうのが、じゃないかなっていう風には考えて
右 やはりその配信だとネットを通じてお届けするものっていうのが、いわゆる舞台とイコールでは、
決してないし
玉 そうね
右 そこをどのように処理すればいいのかって。配信なさってる方も、やってみないとわからない
玉 あ、わからない
右 っていうところでなさってるんだな、ってところが非常にこう、力を借りたっていうようなところもありながら過ごさせていただいたんですけど。
①はここまでです。
以下、長い私の感想だけが続きます(笑)
以前配信された動画で、前半までの過ごし方はお話されていたと思います。
後半の、目的や目標が見えない苦しさについては、初めて聞く内容でした。
右近さんも驚かれていたように、長年やってこられてきた方だから、きっと大丈夫、と思っていた(思いたい)ところがあったけれど、
「未定」であるのに「いつ出番が来てもいいように」していなければいけないこと、精神的なものからくる体調の悪さ、そういったものと向き合われてきたことを知って、こうして語ってくださる今があることがとても有難い。
「終わり感が強かった」…そんな風にお考えになられてしまったらどうしよう、とよぎったこともありました。やはり、という思いと、それをこうしてお話してくださっている(そうではない)ということで、ホッとしました。
「いろんなことがある中に、これを表現したいということが初めて出てくる」ということも、一見様々なジャンルのことをされてとてもお忙しいのではないか、と思っていたけど、
お忙しい中でもバランス良くご自身の表現されたいことを選んでらっしゃる、ということも、初めてわかりました。
六月から玉さまの公式ホームページで公開されている映像について、あのタイミングであったこと、あの映像から感じていたことも、玉さまのお考えがそのまま私達に届いて伝わっていたのだなぁと知って、心が通じたような嬉しさがあります。
あの映像から感じるすべてを、玉さまからのプレゼントとして、観られる限り何度もでも拝見したい。
今まで配信等をされてきた歌舞伎役者さんも、そうでない方も、皆さんが、歌舞伎、舞台、私達観客のことを考えて動いてきてくださっていたか、今もそうであるか、ということも、さらによくわかりました。
ただ好きで観ていたただけなのに、ありがたくって、幸せ者だなあと思います、私達。
その②へ続きます。