やっぱりLiveが好き

目の前の空間を味わうのが好きな人の記録🍀

「坂東玉三郎丈を迎えて 三島作品について聞く」2025/1/29 @国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール

2025年は三島由紀夫さんが生まれてから100年の年で  去年からいろんなイベントが行われているそう。その中の一つで、玉三郎さんがお話されるということで行ってきました。…ちなみに文章中の言葉は一語一句合っているというわけでは全然ないので💦そういう内容、雰囲気だったという風に読んで下さい🙇‍♀️

 

高橋睦郎さんという詩人の方と中村哲郎さんという演劇批評家の方が聞き手…というかこの三名で三島さんについて語るというものでした。
まず登場されたのは司会の、おそらく三島由紀夫 生誕100年祭の実行委員長の井上さんという方で、この後玉三郎さんが登場されるので「緊張しております」「夢のような」と何度も仰っていました🤭
 
そして高橋さん中村さん、最後に玉三郎さんが登場。大きなホールでなくて150席ほどの小さめの会場、しかも前から三列目の玉三郎さんをずっと見ていられる席だったので、視線がこちらに向くとその近さにドキドキしたほど😂
 
この日の玉三郎さんはスーツにネクタイ姿。登場~中村さんや高橋さんの、玉三郎さんと三島さんの出会いの話の時から、玉三郎さんはニコニコされていて、和やかに始まりました。
 
三島さんと玉三郎さんの出会い
中村さんは玉三郎さんと三島さんの出会いに立ち会われた方で、三島由紀夫さんが国立劇場の理事(確か💦)をされていたとき、お忙しい中でそれでも観たいと仰ったのが玉三郎さんの出演されていた舞台だったと。
舞台を観た三島さんは、中村さんに「今僕のそばに大変な美少年がいる」、と。その後べつの舞台を観た時に、守田勘弥さんのところの養子、玉三郎さんと知って「幕内でなきゃうまれない」と仰ったとのこと。この時、中村さんは三島さんが玉三郎さんのことを「あのときの…」と美少年と認識した話をドラマチックにお話されてたのですが、玉三郎さんは本当はそうではなかったことを暴露😂「なんだ、君か」みたいに言われたとおっしゃってました(笑)
そして高橋さんから三島さん玉三郎さんの出会いの話では、三島さんは「今日行われている(世の中の)すべての演劇の中で一番素晴らしいのは玉三郎君」と高橋さんに言ったそうです。
また中村さんが仰るには、三島さんは玉三郎さんのことを「歌右衛門に負けない役者にしてみせますよ」と言っていたこともお話してくださいました。
 
三島さんへ「『楽屋にお遊びにいらしたら」と言った玉三郎さん(の度胸)が凄い、と高橋さんが仰ったと思うんですが、それに対して三島さんは「君のところに行くには幸四郎はじめ色んなところへ行ってからでないと行けない」と言うと、玉三郎さん「僕のところに来るのにそれくらいのことは(できるでしょう?)」と答えたのだとか😂
それを聞いた玉三郎さんはご自分がそう言ったことを覚えてないそうで(笑)、今思うに緊張を隠すためにわざとそういうことを言ったのではないか、と。三島さんから色々教えていただきたかったから、楽屋に…と言ったとも仰ってました。
 
三島さんに推された歌舞伎についての言葉
三島さんとの出会い、の話だったかもしれませんが、玉三郎さんは、三島さんに「歌舞伎というものはこういうもの」と迷わず言われることで、突進できたのがよかったのだそう。大抵の方は○○の家は…とか、色々言うけれど、三島さんはそういったことが一切なく言い切る方だった、と。
 
歌舞伎の土壌
玉三郎さんが三島さんに言われて印象に残っている二つが(歌舞伎についてのことだったと思う)「土壌がしっかりしているか」「若い花と熟練の花が一緒にいなければ」ということ。
土壌というのは、玉三郎さんは歌舞伎の家の出ではないけれど、生まれたお家が料亭で、芸者さんの出入りがあり、またそうした音楽が常に流れていたから、そして芸の養子となった守田家も環境の影響もあり、そういったことがあったからでは、と仰ってました。
玉三郎さんが先輩方から教わっていた時代は、通りすがりやトイレなどに行った際に、自分の化粧の目張りを正してくれたり、すれ違いざまという短い時間に教えて下さっていたと。
他にも玉三郎さんは身体が細かったので、衿のところ?にタオルか何かを入れていたら、ある役者さん(この方もふくよかではない)が、自分の胸を触らせて、(タオルなどを)いれずに一枚着ができたら一人前、と言われた、と。
この辺のお話をその役者さんのお名前を出して、エピソードを描写細かく楽しくお話くださっていました。三島さんと玉三郎さんの出会いの話の中で、「幕内でなきゃうまれない」というのは、単に歌舞伎の家に生まれた人のことを指していたのではなく、こうした環境そのものを仰っていたのだろうとおもいます。
 
今の若い人に期待する(したい)こと
玉三郎さん「昔はそうした(↑のような)環境があったのに、光ダイオードが発達しだしてから難しくなってしまった」と。また、逆に「今10代の子達、ネットを使いこなした人達が今度は実のものに興味をもち使いこなしていってくれたら」それについては玉三郎さんだけでなく中村さん高橋さんも同様に仰っていて、中村さんは『にざたま』公演に若い人も見に来ていて、なかなか人が集まらない公演もあるなか、多くの人が見に来ていることを例にあげてらっしゃいました。
司会の井上さんは、三島さんの展覧会、その中の玉三郎さんに関する展示も若い人がよく見ていることをあげて、若い人達への期待(をしたい)という希望をお話しされていました。
また読売文学賞選考委員をしている高橋さんは「演劇だけが良作がない」「劇的なものがない」と。(なにも起こらない日常のようなものが…多いだったかな?)
高橋さん「歌舞伎のように『見える』劇的さでなく、いまの『見えないもの』に劇的なものを出すことが出来てないと」。能は死の世界から生を見ていて、歌舞伎は生から死を見る、のだそう。玉三郎さんも「死」を意識していた、とのこと。(だったかな?曖昧です💦ただこのお話は度々されてるので、日々死を意識していた、ということだと思います)
 
三島さんの戯曲を演じるというこ
すべて玉三郎さんのお話
・三島戯曲の人物になるのは苦しいことで、解放されたところがないのだそう。
・白縫姫を演じた玉三郎さんは、与えられたものを一生懸命やるだけで三島の世界を理解はしてなかった、と。ただ、役者としての感覚だけはあった、とのこと。
・三島作品は言葉にがんじがらめになるだけでなく、人物が相容れないまま終わるので、サド侯爵夫人を演じた後、人としゃべるなどしないと、次の日に演じることができなかった
・役者としてやりたいやりたくないでなく「入りにくい日」もあり、そういう時はその役の感情は排して台詞を言うことだけをする、という日もあった(サド侯爵夫人)
・親が子供が焼かれるのを見ている「地獄変」はとても理解できるものではなかった(言葉、ニュアンスが違うかもです)「恋の帆影」もお母さんとずっと一緒にいたいというもので演ずるのは難しかった
・「鰯賣戀曳網」…これは「桜姫」なんだな、と思った
 
あとどなたが仰っていたかわすれてしまいましたが、よくできればできるほど、三島由紀夫像が舞台に立ち上がって、演じている役者は死ぬ、逆にラフに書かれたものほど役者の素が出てくる、と。三島の台詞が残りながら役者もいかされる(言葉がちがったと思います💦)のは、「鹿鳴館」の戯曲。
(19か20の時)三島さんにどんな役がやりたいか、聞かれたが(三島さんを前に、本人の戯曲を例に出すものだが、当時すでに三島さんの戯曲で役をもらっていたのでこれ以上もらおうとするようでそれは言わなかった)「なよたけ」と言ったが、「そんなのは思春期のこどもがやるものだ」のように言われ、これをやるべき!と渡されたのは「サド侯爵夫人」だったそう。当時は読んでも意味がわからなかったとか。
 
そして玉三郎さんは三島由紀夫さんが亡くなったあと、三島さんの奥様から「あなたが40歳を過ぎたら鹿鳴館をやったら?」と言われていたが、主人公ではない大徳寺侯爵夫人は演じたが、主人公を演じぬままになっているとのこと。中村さんは、若いときの仁左衛門さんに影山の役は合っていたはず、とも仰ってました。
 
以下も玉三郎さんからのお話
・「サド公爵夫人」や、(玉三郎さんは演じていないが)「わが友ヒットラー」は三島作品の中でも特に論理的で言葉にがんじがらめになる戯曲。
・(サド侯爵夫人のような言葉を詰めた戯曲のこと。他の作品もかどうかはわすれてました💦)戯曲の中で論理に詰まってフッと別のところにとぶ…部分があった。そこに救いや楽しみがあるのに…
玉三郎さんが三島戯曲で逆に楽しかったのは、「黒蜥蜴」だったそう。それはラフに書いているからで、自分が入る余白があるから、と。
 
三島さんが亡くなった時に思ったこと
玉三郎さん「中村さん高橋さんのように親しくはなかったので、三島さんの死があまり(実感は)なかった。」
45歳で自決した三島さんに対し、仕方のないことと思いつつも、それでももっと生きていれば、60,80になったらまたそのときになにかおもしろくなっていたはずだ、そのようなことを3人の皆さん全員が仰っていました
 
・確か中村さんのお話「三島さんは役者をがんじがらめにするより先に自分ががんじがらめになっていた」
 
玉三郎さん「三島さんの評論はどれも素晴らしい」
・また歌右衛門さんが芝居を長くやるようになったことに対して、玉三郎さんには「(役が)死ぬときは早く」…早くというかあっさり?その方が余韻?が残るから、とそうしてくれと言われたのだそう。
椿説弓張月は三島さんが全部の台詞を読んでそれを皆が聞く、という本読みの形だった
・三島さんは自分の書いた戯曲を完璧に演じてほしかった
・三島さんは毒舌だったが、同様に毒舌で返されることもできた人
 
中村さん高橋さんの話を聞いていた玉三郎さんは「三島さんの本をお金をいただいて観客の前で演じるのではなく、読んでみたら面白い」と中村さんたちに勧めていたのですが(笑)
最後の三島さんへの言葉の中でも、「今日(この対談の中で)うまれたのは、三島さんから解放されて、苦しくなく三島作品を音読したら、楽しい作品になる」
…それを聞いた中村さんか高橋さんが、「三島からの解放の舞台がまた三島を解放する」そんな風に仰っていたかと思います
 
三島さんへの言葉の前に、旧友だからこそ言えること(笑)を楽しくお話されてたのも印象的でした。そしてイベントが終わったあと、中村さんや高橋さんが退出なさるときに、手をさしのべたりされていて、お二人が出られたあとに玉三郎さんが一礼されて退出されました。
 
三島さんが亡くなったときに思ったこと~最後にかけて、玉三郎さんはじめ皆さんのお話が作る空気から、三島さんがあの空間の中にもくもくと立ち上ってきたような、そんな感じがしていました。
最後、中村さんは涙をこらえた様子で三島さんへの思いをお話くださったり、今も愛される三島さん、三島作品であることを強烈に実感したイベントでした。三島さんがあの場にいて聞いてらっしゃった、そんな気がします。
また中村さん高橋さんは80代の方ですが、明晰なお話に熱い想いがあり、精神のパワフルさに驚きました。そういった方たちがいらっしゃるということ、また休憩が入るはずがそれすら無しに二時間続いたほど熱かった時間で、予想を越えた今回のイベントは本当に興味深く楽しかったです😊
 

玉三郎さんの三島作品出演歴など当日配布されたもの
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

坂東玉三郎 特別招聘教授公開講座@武蔵野音楽大学

文字の大きさが途中で変わってますが(揃えるのが大変になってしまったので💦)気にせず読んでいただければと思います!

 

この日友達が行かれなくなり代わりに行くことになった初めてのこちらの講座

三組の音大の学生の方達がオペラを演じ玉さまが指導するというものでした
 
1.魔笛 第二幕パミーナ 死の場面を題材として
 
舞台上には武蔵野音大の先生が司会役で登場され、皆で玉さまを拍手でお出迎え
白い首の部分がつまったシャツに下は黒パンツ黒靴下に黒靴
チャコールグレーのカーディガンを着てらっしゃったけど一部で熱が入って暑くなったのか脱いでらっしゃいました😁
 
そして早速最初のグループの生徒さんの実演が始まり♪
 
音大の学生さんと関わりのないままここまできたので
第一声を聴いたとき学生さんでこんなにもレベルが高いのか!とびっくり💦
今回は一年生からオーディションに参加できるようになったとのこと…ここに出るまでにオーディションがありそれに選ばれないとならないんだなぁということと、去年までは一年は参加できん!というハードルがあったのかぁ…とここまでの過程にも色々あることを知る💦
 
演じ終えると今度は玉さまの指導の時間
箇条書きで書きます
 
・母音と子音をはっきりさせること
子音をはっきり発声すると息が出てくる、つばがとんでもいいのでそれくらい息を出す、そうすると言葉が伝わる、すると意味も出てくる
譜面を歌うのではない
 
これらを指摘し子音がはっきり出るようにお一人ずつ歌う&歌詞を読むような感じで発声してもらい、できるまで徹底指導
時折、子音がはっきり聞こえない巷でよく聞く声、としてその真似をしながら機械がしゃべる音、電車のアナウンスの声等を言ってくださいましたけど、似ているし物凄くあるよなぁと頷く内容のあまり笑ってしまうほど🤭だらーんと流してしゃべってしまう感じに近いしゃべり方だったと思います
 
・日本語で歌っているのにさっぱりわからないとお客さんは来なくなってしまう
・日本語でもドイツ語でも子音がわからないと伝わらないから
 
杉村春子さんについての話 その1
昔は録音機の質が悪かったのに杉村さんは子音が物凄くしっかりしている
(きちっと子音を言わないと伝わらない)
杉村さんはせりふだけでなく普段の発声から徹底されていたそう
 
2.カプレーティ家とモンテッキ家より
第二幕 死の場面を題材として
 
要はロミオとジュリエットのことだとおまいます💦
・はっきり発音するように歌うことを指導
ただ、子音をハッキリさせようとするとどんどん声が大きくなる生徒さんにたいして司会役の先生がその点を指摘
・やわらかい声でも子音はしっかり出せるように、
体に大きなボールを抱えるような形で内に丸く縮め骨盤も丸めるようにし、かかとも上げてみて、とその姿勢で歌ってみることをすすめると声がやわらかくなる生徒さん。
・ちゃんと歌えたら中から所作が出てくる、とのこと
また、ロミオとジュリエットなのでジュリエットが横になっている場面があり、「寝てる時に声が綺麗に出るのは複式(呼吸)だから」「ポーズをつけると肺がかたくなる」と、
ジュリエットだけでなく先ほど声がかたかったロミオ役の方も横になり歌う練習
「僕の演出だとジュリエットは生き返らない(笑)」と冗談も言いつつ、演ずるときの姿勢はここではおいておき、まずは発声を特訓でした
・言葉の意味を喋る、子音をちゃんと喋る、何を歌ってお客様に伝えるか考えて歌うこと
・グループや他の人とだと『さ』や『だ』など聞こえたか話し合いながら練習できるから、と
・練習したことは必ずいきてくる、よく考えて確認しながら稽古すること、と
 
・1000積み上げても本番で50しかできないかもしれないが、1000積み上げないと50は出ない
↑この言葉も物凄く響きました。自分自身でも出来ているところしかみなかったりするものだけど、例えそれがどんなに少なく感じてもどれだけ現れるかわからなくても、それでも1000積み上げることは意味があることなのだ、ということを伝えて下さった玉さまでした
 
・母音、子音、その前に意味、後から心を伝える、そのために母音子音をどう使ったら伝わるか
・オペラに通じるかわからないざ、演者が思っていることは観客側にも伝わる 演者が思う、それがなければ観客にも伝わらない
意味がここになけれび観客にも伝わらない
 
3.夕鶴より 第二部つう別れの場面を題材として
 
・声がとてもよく出る学生、この方には前の2グループほど子音の指摘はなく、譜面どおりクレッシェンドで歌ってみる、といったことを指導
・学生の前に譜面台を置き、学生の横に立ち手や表情で譜面の強弱表現をつけて分かりやすく学生にどのように歌うか伝える玉さま
細く歌っていくときは指を細くつまむように引っ張っていく、というように
 
その時間はつきっきりで教えている(他の生徒へもそうではあるけれども)という至れり尽くせりの指導という印象で😂
この学生さんがとても上手な方なのでもっと伸ばそうという想いが形になって現れていたのかなとも思います
一通り歌い終わったあとには「できるじゃないの」のお言葉
できていない時は何度もやり直してもらうものの、この方には自ら拍手をするほどだったのでした(素人の自分が聴いてても上手い方だった)
指導された学生さんも、玉さまが本当にすぐ隣で顔を覗き込むくらいの近さであれこれ指導してくださるので
ちょっと驚いているようにみえたり恥ずかしそうにみえたりした気がします…なんて思うのはこちらが玉さまのファンだからそう見える(見ている)だけなのかも😂本当のところはわかりませんが💦
 
その学生さんの呟きがこちら↓
見えない場合もあるかもしれないので一部転載させてもらうと

玉三郎先生に、「本当につうに見える」と仰っていただけたことは、演じることが決まって1ヶ月、まだまだレパートリーにするには程遠い難しい役どころでしたが、挑戦できて良かったと心から思える有難いお言葉でした😭

終演後も、実は裏でご指導していただいて、
「頑張ってね」と何度もお声がけいただき、とてもとても嬉しかったです!

 
この場面、相手役の与ひょう役の方もいらっしゃるんですが、その方ももちろん指導はされていたけど、玉さま自身もごめんね🙏という風なことをこの生徒さんに仰るくらい、つう役の生徒さんを熱心に指導されていて、与ひょう役の方も恐縮されているというか、わかってます、みたいな感じといいますが…もし自分が与ひょう役だったらつらいな…等と想像したりしてしまうくらい😅
そして終了後、
 
~坂東先生と出演学生によるディスカッション~
のために舞台上に椅子をセッティングするために時間がかかっているので玉さまが「時間がもったいないから早く舞台に戻って」と袖にいるであろう学生さんたちに呼び掛けるものの誰も入ってこず💦
なので客席から質問を募集して、質問者にマイクを持っていくという流れだったもののそのマイクを持っていくことにも時間がかかるので「そのまま(マイク無し)でいいから」と言っているものの質問者の方も聞こえてないのかマイクが来るまで待っているし、運営側の方も持っていくのに必死なのか、うまいことまわってないな…玉さまが無駄な時間を省いて質問等に時間を割きたいという意図が伝わってないのが見ていて歯がゆかったです💦とはいえいざ自分が質問者になったりマイク持っていく者なら動揺して同じことするかもですが😅
 
で、質問者の方の質問は
2の体を丸くする姿勢は具体的にどういうものかという質問でしたが、玉さまは立ったまま横向きに立ち、骨盤を丸めるような形を見せてくださり
・(そのようなことをするのは)ちがうフォームで自分の息づかいを理解して正式なフォームの時にその喉とリラックスをして歌えるようにするため
とのこと
また、母音と子音つなげる難しさやそんな中でも子音をはっきりさせることを伝えてらっしゃいました
 
着物を美しく着る(歩く)ためには?
舞台のようにこの場面からここまでの歩き方なら教えられるが、綺麗に着なれることができるようになるためには、ずっと着物を着ていることしかない
着てみることで積みあがり舞台の場面でも(着物を着なれていれば)いきてくるから←ちょっとことばが違うかも
そのようなことを仰っていたと思います
ずっと着ていれば座るときは裾がこうなるんだとか、着てみなければわからないことがたくさんわかるようになる、そんな風にも仰っていました
 
大学生のうちに学んでおいていた方がいいことは?
今、自分の目的が見えていない人が多い。声楽の学生なら(質問者の方がそう)目的はあるだろうから(あると決めつけた言い方はされておらず、あるかわからないけどでもあるという前提で話はじめ)
歌を勉強する、過去の名作を見る…必ず見た、見てきたものは(自分の外に)出ていく、表れるから
 
ここでもう一度杉村春子さんの話2
杉村春子さんは日本の演劇の女優の王道
自分の劇団を成立させた人(自分に来た外部の仕事はすべて劇団のためにしていたことで(あらゆることを劇団に費やしたという意味に聞こえました)、ダメなら100回でもNGを出す小津安二郎監督の作品でも『杉村春子待ち』という時間があり、やってきたと思ったら一回本番をしてそれでさっと帰っていったというほど)
劇団の新人採用に杉村春子さんが立ち会うというのでなぜあなた(ほどの人)がそこまでするのか?と聞かれると「どんな新人でも(演劇の経験でなくとも)私より良いところは必ずある。だから見ておかなくちゃ」と仰っていたそうです
 
質問がここまで終わったときか途中でかはわかりませんが、つう役の指導をまた舞台上で始める玉さま😂よっぽどこの方の才能にほれてもっと良くしたいと思って熱が無茶苦茶たかかったのかなと思います
 
もう終了になる、というときに玉さまは客席に向かって、というか来ている学生(指導をうけた方ももちろんだと思います)へ向かっての一言
「いろんなものを見て   必ずどこかで活躍できる時があるんだから 成就させて 花開かせて」
 
玉さまは目的をもってめざしながらすすんでいる方には本当に惜しみ無くご自身のわかっていることを全て与えてくださっていたし、応援したい気持ちがとても強い方なんだとこの日の講座の時間で十分すぎるほどわかりました
玉さまは特に主語は(学生、若者と)限定してはいなかったけど、学生や若者ではないから、と言ってこのことばをひとごとにしてしまうのはとてももったいないなと思います
自分事にして進んでいく、そんな勇気をもくれた玉さまの素晴らしい講座でした
 
 

「坂東玉三郎コンサート 星に願いを」 1/27 松竹座

入場時にセットリスト(演奏予定曲)が書かれているリーフレットが配られたので事前に見ていたのですが、始まってみるとかなり曲順が違ったので構成など色々練られたのかもしれません。

 

セ・シ・ボン 

幕が開きステージ上には演奏の方々がいらっしゃいます。曲が始まって玉さまが舞台袖から歩いて来られるのかな、と思いきや、花道のすっぽんからの登場✨これにはびっくり‼️体で優雅に表現されながらのご登場に目を奪われます。

外花道や後ろの方などよく見渡しながら歌ってらっしゃいました。

 

曲が終わり、ここでご挨拶があったと思います。昨年玉さまが『星降る夜に出掛けよう』を演出されたことから、松竹座から『「星に願いを」のタイトルでコンサートを』とのお話しがあり、「提案されたものはそのままお受けするので(笑)」のように仰ってました(笑)

そしてその舞台の時、玉置浩二さんの曲を使わせていただくことになり、ご本人に許可を得ようとしたところ「誰が(雨を)歌うの?(玉置さんの声色モノマネありw)」とたずねられたそう。その時は舞台の演者の皆だったけれど、「今回は僕が(笑)」と茶目っ気たっぷりにお話しされてました。

前半はその玉置浩二さんや井上陽水さんの曲から。曲順は覚えてないのでざっくり「こんな感じ」ということで。

 

虹のできる訳

井上陽水さんの曲。この曲の前に「いきなり(世界が)宇宙へ飛びます(笑)」のように仰ってた気がします(笑)

 

玉置浩二さんに誰が歌うのと問われた曲😂確かに難しい曲でした。そしてとても素敵な曲。

 

あなたがどこかで

こちらの曲、作詞は松井五郎さんで作曲は玉置浩二さんの安全地帯の曲だそうですが、この曲を聴いて涙が止まらないほどでした。

歌詞はこちら 曲はこちら

玉さまはこの曲に限らずまっすぐ歌を歌うお方。そのどこまでもまっすぐな声とお気持ちが、心に直接響き、

会場全体、そしてひとりひとりを優しく包み込むような大きさとあたたかさに満ちた歌でした。どこまでも応援されていてどこまでも見守っていてもらえるような、そんな感じをめいっぱい感じました。

玉さまがこのような曲をお歌いになるのは初めてだったと思うんですが、今後も必ず歌っていただきたいほど大好きな曲です。

 

星降る夜に

舞台『星降る夜に出掛けよう』の音楽監督だった長谷川雄大さんが「一曲つくりたい」とのことで、その曲の作詞を玉三郎さんが担当することになり、それまで訳詞をしたことはあったものの作詞は初めてだったのでなかなか大変だったそう。歌詞を聴いているとこの曲もどこまでもまっすぐ、応援されるような印象もありました。とても素敵な曲だったので歌詞を知りたくなりました。

 

夢の中に君がいる

井上陽水さんと玉置浩二さんの曲以外にも数曲前半にあったと思うのですが、もしかしたら二幕めに歌われてたかもひれません。

 

ラ・ヴィ・アン・ローズ

(バラ色の人生)「皆さん、この曲のような(幸せの絶頂)歌と、(この後に歌う、『枯葉』のような寂しさ等を感じさせる)歌!どちらがお好きですか?」という問いかけをして、拍手制で投票したんですが(笑)、前日はラヴィアンローズの方が少し少なかったそう。そしてこの日は半々くらい(笑)

玉さまはラヴィアンローズのようなことは「経験がありませんので」とまたも仰って(またまたー!と心の中で突っ込みをいれる私w)

やはり枯葉のような曲がお好きということを濁しつつもはっきりと仰っていました(笑)幸福絶頂の曲は歌いにくいというのなんとなくわかる気もしますが、それにしてもこの問いについてはなぜか気になる玉さまなのだなと思います(笑)

 

枯葉

玉さまが近年歌をはじめられた時から歌ってらっしゃるこの曲。今回の演奏はピアノ/ベース/バイオリン/ビオラ/チェロのバンド形式だったんですが、この曲の素晴らしさが一番良く伝わるのはやはりこのバンド形式だと思います。もうとにかく美しい、そして玉さまの音域や声にぴったりで本当に心地よいし、三枝さんの編曲が本当に素晴らしい。何度でもいつまでも聴いていたい曲だなぁと感じます。

 

情熱

一幕の終わりは『星降る夜に出掛けよう』の最後の曲でもあった、松井五郎さん作詞玉置浩二さん作曲の安全地帯の曲。最後にみんなで歌っていた曲なのだそう。

玉さまがお歌いになる曲にとしてはアップテンポですが、曲が始まるとすぐに手拍子が始まったことに表情がパアッと明るくなったのがわかりました。

なかなか玉さまのコンサートでは手拍子のできる曲はないけれど、やっぱりできる曲では手拍子をすると歌い手の方も歌いやすい、トークショー等でもうなずきなどを聞いているアクションを取ることが話す方にもちゃんと伝わって話しやすいときくので、今回明らかに喜んでくださった、気持ちがのってくださったのがわかったので、こちらとしてもとても嬉しい瞬間でした。自分の中では玉さまが斜め上のほうを見ながら照明の明かりに照らされて眩しいような輝きを放って歌ってらしたのがとても印象的でした。

そして登場と同じように最後も花道のすっぽんからの退場。ステージの方らしく美しいアクションで煌びやかで、いままでにない一幕だったと思います。

 

サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー

この曲は玉さまが訳詞を手がけたバージョンで、どんなお気持ちで訳詞されたかということについてお話しくださいました。

世界的に有名なバレリーナの方が、どんなにふだん人に囲まれ称賛を受けても、家に帰ればポスターと私しかいない、と仰っていたそう。同じように玉さまも舞台に立っているときは多くの人に囲まれているが、家で一人になったときに孤独を感じているのです、と。

「誰か私を見ていてほしい」そういった

歌詞があり、そこを聴く度に、玉さまのその孤独感が拭えたら、そう願わずにはいられません。

 

センド・イン・ザ・クラウンズ

人生は歌だけ

マイウェイ

水に流して

セットリストに載っていなかった3曲のうちの2曲は『マイウェイ』と『水に流して』だったと思います。

「(世の中には)水に流せないこと、流してはいけないこともありますが、(そうでないことは)水に流して、いきたいと思う」というようなことをお話されてました。

 

愛の讃歌

ラスト・ダンスは私に

最後のワルツ

今回序盤のほうで「前半は『星降る夜に出掛けよう』で歌われた楽曲を中心に、後半はいつも私が皆様に聴いていただきたい素晴らしい楽曲を中心に選んでいる」と仰っていて、その中でも『ラスト・ダンスは私に』は求められるので歌うという曲、『最後のワルツ』この曲も最初の頃から歌われているけれど、玉さまが大好きでお歌いになっているのがよく伝わる曲だなぁと思います。

コンサートの終わりを感じながら寂しくはなるけど、どこか満たされていて幸せだったな、と感じる、そんな曲だなと感じました。

 

星に願いを

この曲をお歌いになる直前、MCの一番最後に「皆様の人生がますますひらけていきますように」と仰って下さいました。その前にも1つ、たしか「皆様の願いが叶いますように」か「生きている限り、皆様に幸せが訪れますように」←こちらは初日が終わったあとにニュース記事に書かれていたことですが!私達の幸せを願ってくださっていました。

この楽曲や、『星降る夜にでかけよう』他の曲の時でも、舞台上には満点の星空が輝く演出が何度かあり、曲によってその範囲や光の多さなどは違うのですが、本当に星の中にいるような圧倒的な数と煌めきで、そんな中玉さまの歌の中にいる、というとても幸せな時間を過ごすことができました。

すべての曲が終わり、幕が降りたものの、やはり拍手止まず、再び幕が上がります。

でも今回はアンコール曲はなし。お辞儀をされる玉さま、そして演奏の方々へたくさんの拍手を送らせていただくことができて、(こういう幕の閉じかたも良いな)と思いながらコンサートは終わりました。

 

改めて玉さまの歌のまっすぐさに魅了され、また今回初めてのタイプの楽曲にさらに玉さまの魅力が花開き、とても素晴らしいコンサートだったと思います。

やっぱり玉さまのお人柄がそのまま滲み出るような歌が大好き、そう再確認した今回のコンサートでした。

 

またセットリストに載っていない3曲を探すためにネット上を検索したのですが、舞台『星降る夜に出掛けよう』をご覧になったジャニーズのファンの方も、「舞台の曲をもう一度聴きたくて」と

今回の玉さまのコンサートに来られていたみたいで、4曲も聴けた!と喜んでいてくださったり、本当に嬉しいことだなと思います。

なかなか自分の好きなアーティスト以外の歌を聴きに行くってなかなかできないことで、舞台、楽曲に感動し、素直に行動してみる、またYouTubeの「あなたがどこかで」の曲には、舞台を見てこの曲を探して聴きにきた、と書いてらっしゃる方も多く、玉さまが手掛けた舞台の出演者のファンの方々がこんなにも心に響いて純粋に書き込みをしてくださってて、素晴らしい方たちだと感じました。

こういう方達をファンにもつ、自身も素晴らしい演者の方々とまたお仕事も一緒にしていただけたらと願います。

 

本当に良い出会いと素晴らしいお仕事と、そして純粋な歌、玉さまを好きになってよかったなと感じた出来事でした。