やっぱりLiveが好き

目の前の空間を味わうのが好きな人の記録🍀

何のために劇場に行くのか、何のためにファンでいるのか

玉さま帯広話をupしてたけど、某SNS見てたら、録音してるんじゃないか疑惑を掛けてる人を見てうんざりした。人から攻撃を受けないように一段上のところからひねたことを言うスタンスで、自らの打たれ弱さと心のひねくれっぷりをわざわざ公に広めているだけではないか(笑)

レポしている人はそんな人のために書いているのではない。事情があり観に行くという選択肢を今持つことが難しい人がもし喜んでくれたら…という思いで書いていたのを知っている。勘違いも甚だしい。


自分の記憶力がないからって詳しく書ける人を疑う神経が信じられない。そんな意識で劇場行ったり、「仲間」という疑い掛け合ってるもの同士で集まったり話してて何が楽しいんだろう。そんな交流いらないわ(笑)だったら一人でいたほうがまし。

何の為に劇場行ってるんだろう。私は心揺さぶられる演劇や、大好きな玉さまをこの目でしっかり見て感じたいから。そのためにプラスになる交流、お話しならしたいし、芝居、玉さまに集中するためのことならしたい、見ている時は全身で向き合って受け取れる、感じられるようでありたくて劇場に行ってる。しょーもない噂話とかろくでもない付き合いの為に芝居や玉さまに向き合う時間を汚されたらたまったもんじゃない。

劇場でも、自分の服、その方は着物だったけど、それを気にして舞台に集中してない人も見かけた。あのさ、誰も見てないから。見られているとしても、その気にしているみっともない姿を舞台上の人は見ている。持ち物もね、下に置かなければいけないのがわかってるのに、なぜ大事な汚したくないようなものを持ってきては、周りに牽制の目を向けるのか。そんな大事なものなら持ってこなければいい。

何の為にファンでいるのかということ、芝居のファンは心が狭い人が目立つ。勿論そうでない方もいるけど。音楽の方は他人の喜びも自分のことのように喜べたりするのに、どうして芝居、とくに歌舞伎関連はややこしいんだろう。自我意識あり過ぎ。自分が自分が・・・いや、ほんとに誰も見てないんで(笑)

音楽のようにスッキリ応援出来て、同じものをすきな人に対して、同志のような感覚を持てたらいいのにね。自分を主張するためではなくて、自分が好きだと感じられる、そういう素晴らしいものを生み出し、作り出してくれる、そういった存在があるからこそ、私らは好きでいられる。自分を主張する暇はないはず。舞台上の人も、客席の私達も気持ちのいい関係を作れたらいいのにね。自分の好きなひと、ものがあることの有難さを当たり前に思わないで居られる人になりたいし、そういう意識はわすれちゃいけないと思う。気持ち、自分の体も、豊かさで満たされる、そんなことは奇跡みたいなものなんだから、しょうもないネガティブさに目を向けている暇はないしこんなこと考えていること自体無駄であった(笑)ということでおしまい。